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闇の探偵社 完全版


その日、私のパソコンに届いたメールは、いつもの何の変哲も無い仕事の依頼だった。

「僕の息子が化け物に殺されました。犯人の居場所を見つけて下さい。」
とりあえず、依頼主に会ってみる事にする。メールには依頼者の携帯番号が記載されている。

午前0時。いつもの黒いコートに袖を通し、黒いサングラスをかけ、ドアを開けて外に出る。
月は欠けているが、星が輝いていて美しい。愛車のキーを回すと、静寂の住宅街にエンジン音だけが轟いた。
これから依頼主に会う。待ち合わせ場所は、ここから10キロほど離れた国道沿いだ。


私は闇の探偵社、社長。
社長といっても、私しかいないが・・・
主な仕事は、『化け物に関する調査』だ。主な客は、化け物に殺された人の家族。
今回の客も、化け物に息子を殺され、仇を取りたいらしい。
目的地に着くと、約束通り依頼主は、国道横の橋の上に立っていた。

背の高い、スタイルの良い若い男だ。30前後か。殺された息子は3歳だと言う事だ。
彼の話だと、彼が発見したときは、全身から血を抜かれて死んでいたという。
依頼主に軽く合図を送ると、彼は私の車の助手席に乗り込んだ。
私の調査は、いつも依頼主を助手席に乗せ、詳しい依頼内容を聞くところから始まる。


「すると、あなたは吸血鬼の仕業だと思ってるんですね。」

私の問いかけに、依頼主は深く頷く。
「たしかに最近、吸血鬼の犯罪は多いみたいですね。この間手掛けた事件もそうでした。」
「警察は特殊公安局に調査依頼したみたいなんですけど、吸血鬼だろうと言うだけで、中々本気で調べようとしてくれません。」不満そうに言う。
「はあ。特殊公安局は、調査なんてしてくれませんよ。化け物を見つけだす技術を持った人間も、もういないしね。あそこは、捕らえるのだけが仕事でね。だから、私のような民間の探偵が食っていけるんですがね。」
私は運転しながら、愛用の黒いサングラスを指で押し上げた。

特殊公安局は化け物専用の役所だ。
化け物専門の警察のようなところで、化け物を捕らえたり、殺す権利を持っている。
化け物とは「人でも動物でもない、人間を食料とする異形の者」と定義されている。
我々民間人には化け物を殺す権利は無い。もし、勝手に殺せば法律で罰せられる。一時期、「化け物だったから殺した」などという模倣犯が続出したため、個人での化け物退治は禁じられたのだ。


「探偵さん。報酬はいくらですか?出来る限りの事はします。」

依頼主は、鼻息荒く私に言う。
私は軽く左手を横に振りながら、「いやいや。報酬はいりませんよ。」
「どうしてです?」
「あなたも知ってる通り、化け物の所在を特殊公安局に申し出れば、国から報奨金が出ます。 私のところは、それで食ってるんでね。」
依頼主は、ちょっと怪訝そうな顔で私を見ている。なぜ、こんな商売をしてるの?って顔だ。

「・・・ははは。私はねえ、お客さん。元々は特殊公安局の調査官だったんですよ。
でも、あそこの仕事に嫌気が差しましてね。やめちゃって。
あそこは事務的なんです。化け物に殺された家族が自分で仇を討ちたいって言ったって聞きゃあしない。
化け物なんだからねえ。更生するはずもない。だったら家族に殺させてやってもいいじゃないかって、いつも思ってたんですよ。」

私は車を人通りのない、海岸沿いの工場の横に止めた。
工場と倉庫しかない。昼は活気のあるところだが、今は街灯も無く、暗闇だ。

「いつも思ってたんです。頭をかじられた死体や、内臓を食われた死体。中には、半分化け物化してしまった死体もある。その方のご家族が、遺体の横で泣き続ける。私は当時、事務的に家族から目撃情報を聞き、化け物を捕らえ、当局に引き渡していた。その処刑は、家族にも公開されないままですよ。家族にとっては、本当に殺したのがその化け物だったのか、処刑されたのは、本当にその化け物なのかも分からぬままです。」

私はタバコを取り出し、火をつける。
暗闇が一瞬明るくなり、依頼者が私の話を聞き入ってる様子が見える。話を続ける。
「私が化け物を探し、義務づけられている当局への報告と同時に、依頼者に化け物の所在を教える。そうすれば、今の法律では違反にはなりません。それなら、依頼者にも少しは仇を取るチャンスが出来る。当局との競争になるが、あなた自身の手で、憎い化け物を殺すチャンスが出来るでしょう。」
私はタバコの火を灰皿で消しながら、助手席側のウインドウを開けた。


男は詳しく、依頼内容を言い始める。
「僕は、息子を殺した吸血鬼を、実は知ってるんです・・・」
「ほう。顔見知りですか。」
「そう、あの後ろ姿は、間違いない。お気に入りの赤いワンピースを着ていた。あれは僕の死んだ女房です。」
「奥さん?奥さんが吸血鬼になったと?」
「女房は2年前に自殺したんです。原因は分かりませんが。精神的に弱ってた様で・・・」
「ふむ。精神が弱って死んだ人間が、吸血鬼として蘇った例は、かなりありますからね。」
「息子には、首筋に噛まれたような跡があり、身体の中には血が一滴も残っていませんでした。僕が見つけた時に、逃げていった女の後ろ姿は、間違いなく死んだ女房です!」

「何故、亡くなった奥さんが息子さんを殺すのです?」
「それは分かりません・・・あいつは、息子を溺愛してましたから・・・きっと衝動的に死んでしまって、後で息子の事を思い出し、道連れにしようとしたのかもしれません。でもね。僕は息子を一人で大事に育てて来たんですよ。例え、女房でも、僕は息子を殺したあいつを許せないんです。」
依頼主の男は、唇を噛み締めた。私は、それを横目で見ている。

私は再びタバコに火をつけ、紫煙を燻らせながら言う。
「私は、当局の事務的な対応が気にいらなくて、闇の探偵社を立ち上げました。なによりもご家族の手で仇を討ってもらいたいからです。」
「はい・・例え女房でも、もう化け物だ。僕の手で、引導を渡してやりたいんです。」
男は言う。私は男の後ろの空間を見ながら話を続ける。

「もう一度、確認しておきます。私の調査により、あなたには化け物を殺すチャンスが出来る。同時に、特殊公安局からもその化け物に追っ手がかかります。仇を討ちたければ、彼等より早く化け物を殺さねばなりません。」
「はい。必ず先に殺します。」
「あなたが化け物を殺した場合、あなたは駆け付けた特殊公安から警察に通報され、逮捕されるでしょう。なんらかの罰を受けます。その覚悟はおありですか?」
「もちろんです!探偵さん。」男は鼻息荒く、返事を返す。
「その時に私が、あなたに教えるよりも先に、特殊公安局に通報したと証言していただけますか?そうしてもらえないと、面倒が起こるのでね。」
「はい!」
私は、男の後ろの空間を見ていたのだが、視線の端に入った男の真剣な表情を見て、少し笑う。

「いやいや・・・ははは。」
私は軽く左手を左右にふり、笑いながら右手でサングラスを外す。
「これは私とした事が・・はははは。あなたは既に死人だった。そんな心配は無用でしたね。」
「は?何言ってるんです?」
「そんなに恨みがましい目で見なくても、あなたの気持ちは分かってますから・・・」
「・・?」男は私の顔を凝視する。タバコの火のわずかな光が、私の素顔を映し出す。男は驚きの声を上げた。

「探偵さん!あんた・・黒目がない!」


人の心は闇だ。
闇を見るのに瞳は必要ない。

私の目は人の心に潜む怪物を見つけだし、話をする事が出来るのだ。このくらいの技術が無ければ、化け物探しなど到底不可能だ。

男は軽い催眠状態に陥って、目を閉じ、座ったまま軽く揺れている。
「いいですか?化け物は必ず、人の心に痕跡を残します。ですから、私の調査は目撃者の心を見る事から始めるんです。そして、多くの場合・・・・」

私は男の眼前に右手を広げる。
男はカッと目を見開き、ガクガクと全身を痙攣させはじめる。口を開け、涎を垂らしながら。
男は私の前で見る見る縮んでいく。高かった背が見る影も無く・・・。
やがて猫くらいの見た事も無い、毛むくじゃらの四つ足の生き物に変化した。
「・・・目撃者の心の闇に潜んでいるもんなんですよ。」
私の台詞を聞くか聞かぬかのうちに、変化した化け物は開いた窓から飛び出して逃げた。

私は最初から気付いていた。
男には見えなかったようだが、男の後ろに、本当に赤いワンピースを着た女の幽霊がいたのだ。
私は途中からその女に話しかけていた。


「あなたは、あの男の異常な女癖の悪さを嘆き自殺した。でも、死んだ後でも息子さんの事が気掛かりで、成仏出来なかったわけですね。あの男が息子さんを愛してないのを知っていたから。」
女の幽霊は軽く頷く。涙を流しているようにも見える。
「で、心配になって息子さんの様子を見にいった時、新しく出来た女との間で邪魔になった息子さんを、男が吸血鬼の仕業に見せかけて殺そうとしていた・・・」

悲しい事に、この女にはそれを止めさせるほどの力が無かった。
苦しむ息子を助けようと、泣き叫び、止めようとしたけれど、阻止出来なかったわけだ。
男はその時、死んだ女房の姿が少し見えたのだろう。男は幽霊など半信半疑だった訳だが、後で恐ろしくなり、私に偽りの依頼をした。あわよくば、女の幽霊を退治してくれるよう・・・


「今回の場合、化け物はあの男の心そのものだったようです。私がそれにふさわしい姿にしておきました。さあ、行きなさい。言った通り、報酬はいりませんから。」

化け物は倉庫の一つに入っていった。私は親指で化け物が逃げた方向に向かって指差す。
女の幽霊は私に深くおじぎをして、男の後を追う。
あの猫のような小さな化け物であれば、あるいは、あの女の幽霊でも殺す事が出来るかもしれない。


私は携帯電話を取る。

化け物を見つけた場合、すみやかに当局に報告するのが義務だからだ。
発見したのを隠したりしても何らかの罰則がある。私はまだこの商売を続けたいから、規則には従う。

「もしもし・・・特殊公安局?こちら闇の探偵社。猫くらいの小型の化け物を発見した。海岸沿いの工場の倉庫の一つに逃げ込んだ模様。ただちに捕獲願う。」
電話の向こうで、相変わらず事務的な声が聞き返す。
「もしもし・・・闇の探偵社へ。詳しい場所を言ってください。」
「ここは・・どこになるのかな・・・?海田町なんだが・・・広島大橋が南に見えるな・・・」
「了解」

さて、これで当局も動き出す。
奴らはフットワークは敏速だ。すぐ来るだろう。

化け物の逃げ込んだ倉庫に女が入っていく。
「ギャッギャッ・・・」物がひっくり返る音や、化け物の声も聞こえる。
白いワゴン車が一台、工場の敷地に入ってくる。特殊公安局の車だ。中から5人の男が飛び出してくる。
化け物を見つけだす技術はないくせに、相変わらず素早いものだ。


さて・・・
女が化け物を殺すのが先か?当局が化け物を捕らえるのが先か?
それは競争になるけれど、私は少しでも依頼主にチャンスを与えてやりたい。
我が闇の探偵社は、事務的な国の機関よりも、出来うるならばその家族にこそ仇を討ってもらいたいと、いつも願っているのだ。

闇の探偵社 完全版

この話は、あるホームページの小説対決で負けたものですが、とっても気に入ってるのでリメイクしました。

というか、この話を無理矢理縮めた物が、負けた物だったわけです。とほほほ・・
写真はストーリーとは全然関係ありません。
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