1万トンバース

ある夏の日の午後、妻は彼女の女友達と共にタヒチに旅立つ事になった。
宇品の一万トンバースから大型客船で出発する。
大型客船でのクルージングは彼女の夢だったのだそうだ。
僕と5歳の娘は留守番だ。
妻は家族で行きたがったが、僕も行かないし、娘も残すと言い続けた。
娘も「船恐い」といい、日本に残る事を希望した。
妻は仕方なく、仲の良い女友達数人でこのタヒチクルーズに参加したのだ。
宇品に向かう車から路面電車が見える。
妻にとってこの路面電車を見るのも最後だろう。僕だけにはわかるのだ。
彼女はこの旅行中に死ぬ・・・・

僕には人の未来がわかるのだ。
子供のころからそうだった。僕は人の未来が見える。人の未来と言うよりも
人の死ぬ時の姿が頭の中に浮かんで来るのだ。
妻と出会った時から、妻の死ぬ時の年齢、服装などはわかっていた。
妻はこの旅行中、異国で殺される。
僕にはどうすることも出来ない。
これまでもそうだった。
両親が交通事故で死ぬのがわかった時も、大好きなオジさんが死ぬ時も・・・
仲の良かった友達が死んだ時も、僕は彼らを救おうとしたけれど・・・
結局、いくら阻止しようとしても結果はいつも同じ・・・
僕の脳裏に浮かんだシーン、そのまんまの姿で皆死んだ。
ただ、そんな僕にも自分の死ぬ時の姿だけはわからなかった。

「あなた、娘をお願いね。」
妻は僕に言った。
「うん・・」
返事をする僕の目から涙がこぼれていたのを妻は不思議に思ったのだろう。
「おかしな人ねぇ。2週間後には帰ってくるのよ。」
「うん、うん・・」僕は泣きながら微笑んだ。
妻は船に乗り込む。僕と娘は手を振り続けた。
僕には人の死ぬ時期がわかるだけで、それを変える力はない。
これは運命で受け入れなければならない事なのだ・・・
僕はいつからか、そう思うようになり、運命に抵抗する事をやめた。

一万トンバースから客船「パシフィックプリンセス」が出航する。
それを僕と娘は見送った。
僕の肩に乗っている娘がポツリと言う。
「ママ・・もう、帰ってこないね・・・」
僕はドキッとして娘を見る。娘は目に大粒の涙をためていた。
そうか・・娘は僕の血を引いている。娘も僕と同じだ。人が死ぬ時がわかるのだ。
娘は声を上げて泣き始めた。
「もう、こんなの嫌だよう。いくら止めさせようとしても結局みんないなくなるよう。」
僕には娘が死ぬ時期はわからない。多分、娘が僕より長生きするからだろう。
「お前は、お前だけはパパが守ってやるからな。」
我慢しきれなくなって声を上げて僕も泣いた。
娘は僕の頭に置いた手にギュッと力を込めて小さな声で言う。
「うん・・パパは・・パパだけは私が守ってあげる・・・・」
そうか・・・娘には僕が死ぬ時期がわかるのだ・・・
運命に逆らう事は出来ないのかもしれないが・・・・この小さな娘の為に自分の運命に
逆らってみようと僕は思う。
娘の言う事をよく聞いて行動すればそれも可能なはずだろう。
パシフィックプリンセスは、元宇品のプリンスホテルの向こうに回り、見えなくなった。
僕達は見えなくなった船に
泣きながらいつまでも手を振り続けた。
一万トンバース
宇品外資埠頭。
一万トン級の船が停泊する。
釣り人やカップルでにぎわう。公衆トイレもあって快適である。
写真は路面電車、パラダイスの塔、パシフィックプリンセスなど。
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