原爆ドーム


原爆ドーム横の柳の下には幽霊が出る。
僕がまだ小学生の頃、そんな噂がたっていた。

小学六年生の時、僕と隣に住んでいた一級下のkenjiはよくここで肝試しをした。

kenji は僕より年下のくせに、僕より喧嘩が強く僕より頭がよかった。
でも、性格的にウマがあったのか、僕達はとても仲がよく、喧嘩もしたけれど 遊ぶ時はいつも一緒だった。

夜、ここで肝試しをした後は、公園内のベンチに腰掛けて将来の夢について語り合ったものだった。

「俺さー、ジャンボのパイロットになりたいんだよねー。yasくんはー?」
「kenちゃんならなれそうだなー。俺は漫画家になりたい。」

その後は飛行機ごっこだ。
「キーン」とか言いながら、手をひろげ飛行機の真似をして、ドームの周りで追いかけっこする。
今考えると何が面白いのかわからない遊びだった。


他県に住んでいる僕は、昨日10年ぶりに広島の実家に帰ってきた。

子供の頃思ってた漫画家の夢など、とっくにあきらめて今はただの郵便配達員だ。

こうやって久々に夜の原爆ドームの周りを歩いていると、あの頃がひどく懐かしい。
kenちゃんはパイロットになれたのだろうか?
kenjiは、kenjiが中学1年の時にどこかに引っ越してしまい、それ以来音信不通だ。

「ははは。久々にやってみるか。」
僕は両手を広げ、飛行機の真似をしてドームの周りを走ってみた。

人がいないからやってみようと思っただけだが、今やっても面白くもなんともない。
はぁはぁ言いながら原爆ドームの周りを三周回った。
立ち止まってゼイゼイ息を切らせていると、柳の下あたりから声がした。

「yasくん。楽しくないかい?」


それはkenjiだった。

小学生のままのkenjiが柳の下から現れ、両手を広げて走り出したのだ。

「kenちゃん!なんで?」
子供の頃のままのkenjiの姿を見て、僕は叫んだ。

驚愕する僕の周りをkenji の”飛行機”が走り回る。

「yasくん、僕は楽しいよ!夢を叶えるって楽しい事なんだよ!」

僕はその時、幻を見ていたのかもしれない。
夢を忘れたあわれな男に、神様がくれた一時のプレゼント。

僕はそう思い、kenjiと共にドームの周りを飛行機になって走り回った。

子供の頃。
何にでもなれそうだったあの頃。

体や心に力がみなぎってくる。僕は・・・僕は・・・一度しかない人生を精一杯生きているのだろうか?
kenjiの幻と出会って数週間後、悩んだ挙げ句、僕は郵便局を止め漫画家を再び目指した。


実家に帰り、漫画家を目指してる僕に父が言った。
「お前、下田のkenji憶えとるか?昨日、下田の親父にばったり出会って聞いたんじゃがのう。
kenちゃん、大変な事になっとるらしいぞ。」

父の話はこうだった。

kenjiは大学を出て、航空会社に就職しようとしたが失敗し、その後職を転々とした。
危ない詐欺まがいの仕事もしていたらしい。
で、事故か、誰かにやられたか解らないが、5年前、頭に大けがを負った。
それ以来意識がなく、実家で寝たきりの生活を送っていると言う。

「あの夜現れたのは、kenjiの魂だったのか!!」

僕は父から住所を聞き、kenjiの実家を訪ねた。
kenjiは布団の中で両手を広げて楽しそうに夢を見ている。

kenjiの両親は「意識がないけど、子供の頃からの夢だったパイロットになった気でいるんでしょう。 yasさんが来てくれて本当に楽しそう・・」そう言って泣いていた。

僕はkenjiの無邪気な寝顔を見てるうちに、ちょっと怒りが込み上げてきた。
「kenji・・・この野郎・・俺を道連れにしやがって・・」
僕は小さな声でつぶやいた。

夢を叶える事の大切さを訴え、夢に生きるように魂になって説得しにきた人間が 本当に夢みていやがる・・・・
この就職難の時代だ。
再就職しようにも・・・もう、本当に漫画家になるしかねえじゃねえか・・・

僕は毎日漫画を書いている。死にものぐるいで。
もし、このまま漫画家になれずにプータローのまま一生終えるような事になれば、お前を 許さねえからな、kenji!
僕はkenjiの見舞いに行く度に、寝ているkenjiにそう語りかける。

そんな僕の声が届いているのか、いないのか・・・・ kenjiは今日も夢の中で大空を飛んでいる。

原爆ドーム

1915年(大正4)建築の元広島県産業奨励館。
原爆によって破壊された無惨な姿は戦争のむごさを今も伝えている。
世界平和のシンボルとして世界遺産にも登録されている。
写真は柳、原爆ドーム、元安橋。クリックすると拡大します。

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